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6月26日は何の日

6月26日は「雷記念日」「露天風呂の日」です。

他には「オリエンテーリングの日」「国連憲章調印記念日」「スティッチの日」など全8個の記念日があります。

月日 記念日
6月25日 「住宅デー」「天覧試合の日」「生酒の日」
6月26日 「雷記念日」「露天風呂の日」
6月27日 「演説の日」「日照権の日」
月日 出来事
6月25日 日本初の馬車鉄道が新橋 – 日本橋間で開業(1882年)
6月26日 ハーメルンの笛吹き男 – 130人の子どもが集団失踪(1284年)
6月27日 住宅街で化学兵器、松本サリン事件が発生(1994年)
誕生日 偉人
6月25日 アントニ・ガウディ(建築家)
6月26日 パール・バック(小説家)
6月27日 ヘレン・ケラー(社会福祉活動家)
誕生日 誕生花 花言葉
6月25日 ヒルガオ 「絆」「友達のよしみ」「情事」
6月26日 ペンタス 「希望がかなう」「願い事」
6月27日 カラー 「華麗なる美」「乙女のしとやかさ」「清浄」
今日の名言

不幸からよきものを生み出そうとし、又生み出しえる者は賢い人である。
与えられたる運命をもっともよく生かすということは、人間にとって大事である。

- 武者小路実篤 -

(日本の小説家、詩人、劇作家、画家 / 1885~1976)

以下では6月26日の記念日の由来日本や世界の代表的な出来事、6月26日生まれの有名人誕生花などをご紹介します。

6月26日の記念日・行事

6月26日の記念日・行事は「雷記念日」「露天風呂の日」などです。

雷記念日

930年(延長8年)旧暦6月26日、平安京・内裏の清涼殿に落雷があり、大納言・藤原清貫が亡くなったことから(清涼殿落雷事件)。

左遷された菅原道真が雷の神「天神」へ

平安京周辺では長い間日照りが続き、この日、雨乞いの実施の是非について醍醐天皇がおられる清涼殿において太政官の会議が開かれていました。

落雷により藤原清貫をはじめ朝廷要人に多くの死傷者が出ました。また、その惨状を目撃した醍醐天皇も体調を崩し、3か月後に崩御されました。

死亡した藤原清貫がかつて大宰府に左遷された菅原道真(845~903)の動向監視を命じられていたこともあり、清貫は道真の怨霊に殺されたという噂が広まりました。

菅原道真の慰霊のため、道真は学者としての名誉を回復し、また、雷の神「天神」と同一視されるようになり、「天神=学問の神」として菅原道真が祀られるきっかけになりました。

雷

【関連・参考サイト】
清涼殿落雷事件(Wikipedia)
菅原道真(Wikipedia)

露天風呂の日

日付は「ろ(6)てん(.)ぶ(2)ろ(6)」(露天風呂)と読む語呂合わせから。
「露天風呂の日発祥地」として、その魅力をさらに多くの人に知らせるため、岡山県真庭市の湯原町旅館協同組合と一般社団法人湯原観光協会が制定。

湯原温泉は1987年(昭和62年)6月26日に「第1回6.26露天風呂の日」イベントを日本で最初に開催しました。

露天風呂

【関連・参考サイト】
露天風呂(Wikipedia)
真庭観光WEB

6月26日の記念日一覧

6月26日の記念日は全部で8個あります。

6月26日の記念日・行事
雷記念日 930年旧暦6月26日、平安京・内裏の清涼殿に落雷があり、大納言・藤原清貫が亡くなったことから。
露天風呂の日 日付は「ろ(6)てん(.)ぶ(2)ろ(6)」(露天風呂)と読む語呂合わせから。
「露天風呂の日発祥地」として、その魅力をさらに多くの人に知らせるため、岡山県真庭市の湯原町旅館協同組合と(一社)湯原観光協会が制定。
オリエンテーリングの日 1966年6月26日に東京・高尾山で地図とコンパスを使って設置ポイントを通過しながら所要時間を競う、日本初のオリエンテーリングが行われたことから。
国連憲章調印記念日 1945年6月26日にアメリカのサンフランシスコにおいて「国際連合憲章」が調印されたことから。これが発効し、国連が発足したのは同年10月24日(国連デー)です。
国際薬物乱用・不正取引防止デー 1987年6月26日にウィーンで開催された薬物乱用・不正取引防止に関する国際会議で「薬物乱用統制における将来の包括的多面性アウトライン」が採択されたことから。
薬物の乱用および違法取引の撲滅を目的に、国連総会で制定(国際デー)。
拷問の犠牲者を支援する国際デー 日付は、1987年6月26日に「拷問等禁止条約」が発効したことを記念して。
拷問の撲滅とその犠牲者支援を目的として、国連総会で制定(国際デー)。
スティッチの日 アニメーション映画『リロ・アンド・スティッチ』の主人公スティッチ。日付は、スティッチが、天才科学者のジャンバ博士が626番目に作った試作品エイリアンであることから。
ウォルト・ディズニー・ジャパン(株)が制定。
世界格闘技の日 1976年6月26日に格闘技史上の伝説となった「アントニオ猪木 VS モハメド・アリ 格闘技世界一決定戦」が行われたことから。
現在の総合格闘技の礎となった日を思い、総合格闘技の魅力をより多くの人に知ってもらうため、アントニオ猪木とモハメド・アリが制定。
毎月26日の記念日
風呂の日 東京ガス風呂販売店協同組合が制定。
日付は「ふ(2)ろ(6)」(風呂)と読む語呂合わせから毎月26日に。
プルーンの日 プルーンの魅力の伝えて販売促進につなげるため、サンスウィート・インターナショナル日本支社が制定。
日付は「プ(2)ル(6)ーン」と読む語呂合わせから毎月26日に。
ツローの日 自然とふれあう釣りの楽しさをより多くの人に知ってもらいたいと、かめや釣具(株)が制定。
日付は「ツ(2)ロー(6)」(釣ろー)と読む語呂合わせから毎月26日に。

【関連・参考サイト】
6月26日(Wikipedia)
日本記念日協会

6月26日の出来事

6月26日の出来事は「ハーメルンの笛吹き男 – 130人の子どもが集団失踪(1284年)」などです。

ハーメルンの笛吹き男 – 130人の子どもが集団失踪(1284年)

現存する最古の笛吹き男の水彩画(1592年)
現存する最古の笛吹き男の水彩画(1592年)

1284年、ドイツの街ハーメルンにネズミが大繁殖し、人々を悩ませていました。

ある日、色とりどりの衣装を着た男が現れ、笛を吹いてネズミを集めて退治しました。しかし、住民が約束の報酬を支払わないことに怒り、男は6月26日に笛を鳴らしながら町中の子ども130人を集めて連れ去り、二度と戻ってきませんでした。

この物語はグリム兄弟など、人々によって語り継がれてきました。しかし、何世紀にもわたる調査にもかかわらず、笛吹き男の物語に隠された歴史的な出来事についての明確な記録は見つかりませんでした。

これまで多くの説が唱えられ、その中には「笛吹き男は精神異常の小児性愛者であり、130人の児童を誘拐した」「子どもたちは何らかの自然的要因により死亡し、笛吹き男は死神の象徴であった」「子どもたちは何らかの軍事行動の一環として町から去り、二度と両親の元へ戻らなかった。笛吹き男は新兵徴募官であった」といったものがあります。

最も広く支持されている説は「子どもたちは東ヨーロッパのドイツ人植民地に彼らの村をつくるために、自らの意思で両親とともにハーメルンを去った。笛吹き男は運動のリーダーであった」というものです。

【関連・参考サイト】
ハーメルンの笛吹き男(Wikipedia)

6月26日の出来事一覧

6月26日に発生した日本や世界の代表的な出来事をご紹介します。

6月26日の出来事
年月日 出来事
1284年6月26日 ドイツ・ハーメルンで約130人の子どもが集団失踪。(ハーメルンの笛吹き男)
ハーメルンの笛吹き男(Wikipedia)
1830年6月26日 アメリカ人のナサニエル・セイヴァリーら25人が小笠原諸島父島に入植。
ナサニエル・セイヴァリー(Wikipedia)
1945年6月26日 アメリカ・サンフランシスコで「国際連合憲章」が51か国により調印され、国連の設立が決定される。国連の発足は同年10月24日。
国際連合憲章(Wikipedia)
1968年6月26日 戦後アメリカの統治下にあった小笠原諸島が日本に返還される。
アメリカ施政権下の小笠原諸島(Wikipedia)

6月26日生まれの有名人

6月26日生まれの有名人は「パール・バック(小説家)」「具志堅用高(プロボクサー)」「アリアナ・グランデ(ミュージシャン)」などです。

パール・バック(小説家)

パール・バック

1892年(明治25年)6月26日、パール・バックは、アメリカ東部のウェスト・バージニア州ヒルスボロに生まれました。

生後3か月のときに宣教師の父ら家族とともに中国江蘇省の鎮江に渡り、中国で育ちました。

1911年(明治44年)、19歳のときに大学教育を受けるためにアメリカに帰国。卒業後に宣教師として中国に戻りました。

1917年(大正6年)、25歳のときに南京大学で教鞭を執っていた宣教師のジョン・ロッシング・バックと結婚しました。

1927年(昭和2年)、35歳のときに、日本を含む外国領事館や居留地などが暴徒に襲われ外国人9人が殺害された南京事件に遭遇し、パール・バックは日本の長崎県雲仙市に数か月避難。この後中国に戻り本格的な執筆活動を開始しました。

1930年(昭和5年)、38歳のときに中国における東西両文明の確執を描いた最初の小説『東の風、西の風』を発表。

翌年出版した中国農民の苦闘の生活を描いた長編小説『大地』は大ベストセラーとなり、1932年(昭和7年)のピュリッツァー賞を受賞しました。

1934年(昭和9年)、42歳のときにアメリカに帰国し、翌年に離婚。その後、出版エージェントと再婚しました。

1938年(昭和13年)、46歳のときにアメリカの女性作家として初めてノーベル文学賞を受賞しました。

第二次世界大戦後は人類平和の実現に尽力し、1973年(昭和48年)3月にパール・バックは死去、80年の生涯を閉じました。

パール・バックの名言

ほんとうに心が傷つくのは、夢を奪われること。

【関連・参考サイト】
パール・S・バック(Wikipedia)
パール・バックの名言

6月26日生まれの有名人一覧

6月26日生まれの日本や世界の偉人・有名人をご紹介します。

6月26日生まれの有名人
誕生日 有名人 職業 年齢
1668年6月26日 雨森芳洲 儒学者 86歳没
1892年6月26日 パール・バック アメリカの小説家(ノーベル文学賞受賞) 80歳没
1928年6月26日 中松義郎(ドクター中松) 発明家 95歳
1955年6月26日 具志堅用高 プロボクサー 68歳
1965年6月26日 甲本雅裕 俳優 58歳
1993年6月26日 アリアナ・グランデ アメリカのミュージシャン 30歳

6月26日の誕生花

6月26日の誕生花は「ペンタス」「ガザニア」「ビヨウヤナギ」です。

ペンタスの花言葉は「希望がかなう」「願い事」です。

これらの花言葉は、ペンタスの星のような姿から、星に願いをかける気持ちをあらわしたものであるといわれます。

6月26日の誕生花
誕生花 花言葉
ペンタス 「希望がかなう」「願い事」
ガザニア 「あなたを誇りに思う」「きらびやか」「潔白」
ビヨウヤナギ 「気高さ」「多感」

ペンタス(開花時期は5月~10月)

ペンタス
photo: NakaoSodanshitsu

ガザニア(開花時期は5月~10月)

ガザニア
photo: Bennilover

ビヨウヤナギ(開花時期は6月~7月)

ビヨウヤナギ
photo: coniferconifer

【関連・参考サイト】
6月26日の誕生花


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