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5月7日は何の日

5月7日は「博士の日」です。

他には「コナモンの日」「世界エイズ孤児デー」「ブラックモンブランの日」など全4個の記念日があります。

月日 記念日
5月6日 「コロッケの日」「ふりかけの日」「国際ノーダイエットデー」
5月7日 「博士の日」
5月8日 「世界赤十字デー」「ゴーヤーの日」
月日 出来事
5月6日 オランダがインディアンからマンハッタン島を購入(1626年)
5月7日 客船ルシタニア号がドイツ潜水艦に撃沈され、米が第一次世界大戦参戦へ(1915年)
5月8日 富山県神通川のイタイイタイ病を公害病に認定(1968年)
誕生日 偉人
5月6日 ジークムント・フロイト(精神分析の創始者)
5月7日 チャイコフスキー(作曲家)
5月8日 ミゲル・イダルゴ(メキシコ独立の父)
誕生日 誕生花 花言葉
5月6日 クチナシ 「とても幸せです」「喜びを運ぶ」「洗練」「優雅」
5月7日 モクレン 「自然への愛」「崇高」「持続性」
5月8日 シャクナゲ 「威厳」「荘厳」「危険」
今日の名言

もし手放せない物を持っているとすれば、それは所有しているとはいえない。
君が所有されているんだ。

- フランク・シナトラ -

(米国のジャズ・ポピュラー歌手、俳優 / 1915~1998)

以下では5月7日の記念日の由来出来事の詳細、5月7日生まれの有名人誕生花などをご紹介します。

5月7日の記念日・行事

5月7日の記念日・行事は「博士の日」などです。

博士の日

1888年(明治21年)5月7日、文部省によって、日本で初めて25人の学者に博士号が授与されたことから。

このときに「法学博士」「医学博士」「工学博士」「文学博士」「理学博士」の5種類の博士号が設けられました。

医学博士となった高木兼寛と海軍カレー

西洋医学を学び海軍軍医となった高木兼寛(1849~1920)は、1880年代初頭に日本海軍で流行していた脚気(かっけ)について研究し、食べ物に原因があるのではないかと考えました。

長期にわたる洋上任務では、白米を主食とし、おかずが少ない状態が続いていました。
比較実験のためにイギリス海軍を参考に洋食を導入した軍艦では脚気患者が激減しました。

のちに解明されるビタミンB1の欠乏という脚気の原因にはたどりついてはいませんが、高木兼寛は脚気の有効な予防策を発見しました。

その後、海軍ではバランスの良い食事への改善が図られ、脚気を一掃することに成功しました。
このとき、イギリス海軍で採用されていたカレーが、栄養バランスが良く、調理が簡単で大量に作れ、おいしいという理由から日本の海軍でも採用されました。
その伝統は海上自衛隊にも引き継がれ、金曜日の定番メニューとなっています。

1888年5月7日、高木兼寛は日本最初の博士号授与者の列に加えられ、医学博士号を授与されました。

脚気とは

脚気(かっけ)は、ビタミンB1が不足して起こる病気で、体がだるくなったり、足のむくみやしびれなどの症状があらわれます。

江戸時代、日本人は脚気に苦しめられ多くの死者も出ていました。
脚気の原因は、食生活にありました。江戸時代になってから、人々は白米(精米して米ぬかを取り除いたもの)を食べるようになり、米ぬかに含まれているビタミンB1が不足してしまったのです。

1910年(明治43年)に鈴木梅太郎がオリザニンを発見したことにより、ビタミンという栄養素について研究が進み、現在では脚気にかかる人はほとんどみられなくなっています。しかし、インスタント食品中心の生活をしている現代人に再び脚気予備軍が増えているといわれます。

カレー

【関連・参考サイト】
博士(Wikipedia)
高木兼寛(Wikipedia)
鈴木梅太郎(Wikipedia)

5月7日の記念日一覧

5月7日の記念日は全部で4個あります。

5月7日の記念日・行事
記念日 由来・制定
博士の日 1888年5月7日に文部省によって、日本で初めて25人の学者に博士号が授与されたことから。
コナモンの日 「こ(5)な(7)」と読む語呂合わせから。
たこ焼き、お好み焼き、うどん、そば、パンなど、さまざまな「粉」を使った食べ物「コナモン(粉もん)」の魅力を伝えるため、日本コナモン協会が制定。
世界エイズ孤児デー エイズ孤児問題への意識を高めるため、国連子ども特別総会が制定。
ブラックモンブランの日 日付は「ブラックモンブラン」が初めて発売された1969年5月7日から。
ザクザク食感のクランチがコーティングされた九州で大人気のこのアイスクリームを全国に広めるため、竹下製菓(株)が制定。
毎月7日の記念日・行事
記念日 由来・制定
生パスタの日 「な(7)まパ(8)スタ」(生パスタ)と読む語呂合わせから毎月7日と8日に。
素材の風味、味、コシなど、生パスタの魅力をより多くの人に知ってもらうため、全国製麺協同組合連合会が制定。

【関連・参考サイト】
5月7日(Wikipedia)
日本記念日協会

5月7日の出来事

5月7日の出来事は「客船ルシタニア号がドイツ潜水艦に撃沈され、米が第一次世界大戦参戦へ(1915年)」などです。

客船ルシタニア号がドイツ潜水艦に撃沈され、米が第一次世界大戦参戦へ(1915年)

ルシタニア号
ルシタニア号

第一次世界大戦(1914~1918)中の1915年(大正4年)5月1日、豪華客船ルシタニア号はアメリカ・ニューヨークを出航し、イギリス・リヴァプールに向かっていました。

5月7日、ルシタニア号がアイルランド南部を通過していたとき、ドイツの潜水艦U20に無警告で撃沈され、1198人の乗客が犠牲となりました。

犠牲者の中にはアメリカ人128人が含まれており、当時まだ参戦していなかったアメリカの反独感情が高まり、開戦に傾くきっかけとなりました。

ドイツはルシタニア事件の数か月前に、英仏による海上封鎖に対抗するため、イギリス周辺を戦闘海域とし、イギリスに向かう商船に対して無警告で撃沈することを宣言していましたが、ルシタニア事件に対するアメリカや中立国による非難の声が強まったため、無制限潜水艦作戦を一旦停止。

しかし、戦争が長期化すると、ドイツは形勢を逆転するため、無制限潜水艦作戦を1917年(大正6年)2月から再開しました。

これを受けて1917年4月にアメリカがドイツに宣戦布告。イギリスやフランスなどとともに連合国として第一次世界大戦に参戦しました。

これがドイツ敗戦の大きな要因となり、第一次世界大戦は最終局面へと向かっていきます。

【関連・参考サイト】
ルシタニア (客船)(Wikipedia)
無制限潜水艦作戦(Wikipedia)

5月7日の出来事一覧

5月7日に発生した日本や世界の代表的な出来事をご紹介します。

5月7日の出来事
年月日 出来事
1875年5月7日 樺太・千島交換条約を締結。樺太(サハリン)を放棄してロシア領とし、千島列島の全島を日本領とする。
樺太・千島交換条約(Wikipedia)
1915年5月7日 ドイツ潜水艦U20の攻撃よってルシタニア号が沈没し、アメリカ人を含む乗客1198人が死亡。アメリカの第一次世界大戦参戦のきっかけに。
ルシタニア (客船)(Wikipedia)

【関連・参考サイト】
5月7日(Wikipedia)

5月7日生まれの有名人

5月7日生まれの有名人は「チャイコフスキー(作曲家)」「萩本欽一(コメディアン)」「佐藤二朗(俳優)」などです。

チャイコフスキー(作曲家)

チャイコフスキー

1840年5月7日、ピョートル・チャイコフスキーは、ロシア帝国ウラル地方ヴォトキンスクの鉱山技師の一家に生まれました。

父はフルート、母はピアノを演奏するなど音楽的な家庭で育ちました。

チャイコフスキーも5歳からピアノを習い始めて音楽的才能を示しましたが、両親は息子を音楽家にする意思はなく、10歳のときにサンクトペテルブルクの法律学校に寄宿生として入学させました。

チャイコフスキーは、サンクトペテルブルクでオペラを観賞したり、歌を学んで法律学校の聖歌隊の一員になったりしました。

14歳のときに母がコレラに罹患して死去。チャイコフスキーは大きな衝撃を受けました。
この直後から音楽に専念するようになり、作曲も始めました。

1859年、19歳のときに法律学校を卒業し、法務省に就職。仕事をしながら作曲も続けました。

1862年、22歳のときにペテルブルク音楽院に入学し、和声学や編曲、作曲などを学びました。翌年、本格的に音楽の道に進むことを決意し、法務省を退職。

1865年、25歳でペテルブルク音楽院を卒業。翌年にモスクワ音楽院の講師として招かれ、以後12年間教鞭をとりました。

チャイコフスキーは1868年に『交響曲第1番』を発表。続いて幻想序曲『ロメオとジュリエット』(1869年)、バレエ音楽『白鳥の湖』(1876年)などを発表して、作曲家として確固たる地位を築きました。

1876年(明治9年)、36歳のときに、チャイコフスキーの音楽を聴いて感激した富豪の未亡人が資金援助を申し出て、1890年(明治23年)まで援助を受けました。

1878年(明治11年)、作曲に専念するために12年間勤めたモスクワ音楽院を辞職。それから約10年間、フィレンツェやパリ、ナポリなどヨーロッパ周辺を転々としました。

1891年(明治24年)、バレエ音楽『くるみ割り人形』を作曲。
同年にアメリカに旅行し、カーネギー・ホールのこけら落としに出演し、大成功を収めました。

1893年(明治26年)11月、ピョートル・チャイコフスキーは死去、53年の生涯を閉じました。

【関連・参考サイト】
ピョートル・チャイコフスキー(Wikipedia)

5月7日生まれの有名人一覧

5月7日生まれの日本や世界の偉人・有名人をご紹介します。

5月7日生まれの有名人
誕生日 有名人 職業 年齢
1840年5月7日 ピョートル・チャイコフスキー ロシアの作曲家 53歳没
1861年5月7日 ラビンドラナート・タゴール インドの詩人、思想家(ノーベル文学賞受賞) 80歳没
1901年5月7日 ゲイリー・クーパー アメリカの俳優 60歳没
1941年5月7日 萩本欽一 コメディアン 82歳
1969年5月7日 佐藤二朗 俳優 54歳
1970年5月7日 上田晋也 お笑い芸人(くりぃむしちゅー) 53歳
1979年5月7日 窪塚洋介 俳優 44歳

5月7日の誕生花

5月7日の誕生花は「モクレン」「スターチス」「エゴノキ」です。

スターチスの花言葉は「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」です。ドライフラワーとしても人気のスターチス。花言葉は、乾燥させても色あせないことにちなみます。

5月7日の誕生花
誕生花 花言葉
モクレン 「自然への愛」「崇高」「持続性」
スターチス 「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」
エゴノキ 「壮大」

モクレン(開花時期は3月~5月)

モクレン
photo: houroumono

スターチス(開花時期は5月~7月)

スターチス
photo: Bennilover

エゴノキ(開花時期は5月~6月)

エゴノキ
photo: Yoichiro Shigeyama

【関連・参考サイト】
5月7日の誕生花


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