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5月13日は何の日

5月13日は「メイストームデー」「カクテルの日」です。

他には「愛犬の日」など全4個の記念日があります。

月日 記念日
5月12日 「看護の日」「海上保安の日」「民生委員・児童委員の日」
5月13日 「メイストームデー」「カクテルの日」
5月14日 「種痘記念日」「温度計の日」
月日 出来事
5月12日 客船オリンピック号がドイツ潜水艦U-103を体当たりで沈める(1918年)
5月13日 ファティマの子どもたちの前に聖母マリアが現れる(1917年)
5月14日 イスラエルが建国宣言を行い、第一次中東戦争が勃発(1948年)
誕生日 偉人
5月12日 フローレンス・ナイチンゲール(近代看護教育の母)
5月13日 マリア・テレジア(ハプスブルク家の女帝)
5月14日 斎藤茂吉(歌人、精神科医)
誕生日 誕生花 花言葉
5月12日 アスチルベ 「恋の訪れ」「自由」
5月13日 サンザシ 「希望」「慎重」
5月14日 シャクヤク 「恥じらい」「はにかみ」「謙遜」
今日の名言

一日生きることは、一歩進むことでありたい。
- 湯川秀樹 -
(日本の理論物理学者、ノーベル賞受賞 / 1907~1981)

以下では5月13日の記念日の由来日本や世界の代表的な出来事、5月13日生まれの有名人誕生花などをご紹介します。
今日は何の日(366日カレンダー)

5月13日の記念日・行事

5月13日の記念日・行事は「メイストームデー」「カクテルの日」などです。

メイストームデー

5月13日は、2月14日のバレンタインデーから88日目にあたり、「八十八夜の別れ霜」にちなんで、恋人に別れ話を切り出すのに最適な日とされています。

「八十八夜の別れ霜」とは、立春から88日目(5月2日頃)の「八十八夜」頃に降りる霜で、その頃から霜が降りなくなるとされています。

「メイストーム」とは、4月後半から5月にかけて発生する嵐のような気象現象のことをいいます。「メイストーム(May storm)」は和製英語で1954年(昭和29年)5月9日に北海道近海で漁船の集団遭難をもたらした低気圧から名付けられました。別名は「春の嵐」です。

霜

【関連・参考サイト】
メイストームデー(Wikipedia)
メイストーム(Wikipedia)
八十八夜(Wikipedia)

カクテルの日

1806年5月、アメリカのタブロイド紙『バランス・アンド・コロンビア・リポジトリ』において「カクテル」という名称が初めて登場し、その翌週の5月13日号に、読者からの問い合わせに対して「カクテルの定義」が初めて文書化されました。

これを記念して、世界的に5月13日を「カクテルの日」としています。

『バランス・アンド・コロンビア・リポジトリ』では、カクテルを「蒸留酒に砂糖、水、ビターズ(薬草・香草などで苦みをつけた酒)を加えて作る刺激的な酒」と定義しています。

カクテル

【関連・参考サイト】
カクテル(Wikipedia)

5月13日の記念日一覧

5月13日の記念日は全部で4個あります。

お酒

日本酒やワイン、ビール、カクテルなどお酒に関する記念日です。
「お酒」記念日一覧

5月13日の記念日(お酒)
カクテルの日(World Cocktail Day) 1806年5月、アメリカのタブロイド紙『バランス・アンド・コロンビア・リポジトリ』において「カクテル」という名称が初めて登場し、その翌週の5月13日号に、読者からの問い合わせに対して「カクテルの定義」が初めて文書化されました。
これを記念して、世界的に5月13日を「カクテルの日」としています。
『バランス・アンド・コロンビア・リポジトリ』では、カクテルを「蒸留酒に砂糖、水、ビターズ(薬草・香草などで苦みをつけた酒)を加えて作る刺激的な酒」と定義しています。

恋愛・結婚

恋愛や結婚に関する記念日です。
「恋愛・結婚」記念日一覧

5月13日の記念日(恋愛・結婚)
メイストームデー 5月13日は、2月14日のバレンタインデーから88日目にあたり、「八十八夜の別れ霜」にちなんで、恋人に別れ話を切り出すのに最適な日とされています。
「八十八夜の別れ霜」とは、立春から88日目(5月2日頃)の「八十八夜」頃に降りる霜で、その頃から霜が降りなくなるとされています。

生き物

動物や昆虫などの生き物に関する記念日です。
「生き物」記念日一覧

5月13日の記念日(生き物)
愛犬の日 「愛犬の友」という雑誌を出版していた会社が昭和30年代に犬のイベントを5月13日に開催したことに由来するといわれています。

その他

その他の日付や別の記念日、各地の行事・お祭りなどに基づく記念日です。

5月13日の記念日(その他)
トップガンの日 トム・クルーズ主演の大ヒット映画『トップガン』のファンにより世界中で行われている交流を日本でも行いたいと、東和ピクチャーズ(株)が制定。
日付は、『トップガン』のアメリカ公開日(1986年5月16日)に近い5月13日に。

毎月13日の記念日一覧

毎月13日の記念日
お父さんの日 毎日がんばっているお父さんに感謝の気持ちを表す日にしてほしいと、(株)ヤクルト本社が制定。
日付は「おとう(10)さん(3)」(お父さん)と読む語呂合わせから毎月13日に。
石井スポーツグループ 登山の日 登山の素晴らしさをより多くの人に体験してほしいと、(株)ICI石井スポーツが制定。
日付は「と(10)ざん(3)」(登山)と読む語呂合わせから毎月13日に。
一汁三菜の日 さまざまな栄養素がバランスよくとれる「一汁三菜」という和食のスタイルを子どもたちにつなげていくため、一汁三菜 ぷらす・みらいご飯®が制定。
日付は「13」が「一汁三菜」の読み方に似ていることから毎月13日に。

【関連・参考サイト】
5月13日(Wikipedia)
日本記念日協会

5月13日の出来事

5月13日の出来事は「ファティマの子どもたちの前に聖母マリアが現れる(1917年)」などです。

ファティマの子どもたちの前に聖母マリアが現れる(1917年)

ファティマの聖母

第一次世界大戦中の1917年(大正6年)5月13日、ポルトガルの小さな町ファティマの羊飼いの3人の子どもたちの前に聖母マリアが現れました。

聖母マリアは、これから6か月の間、毎月13日に同じ場所へ会いに来るように望み、子どもたちは様々な妨害に遭いながらも、聖母に会い続け様々なメッセージを託されました。

聖母からのメッセージは「死後の世界には地獄が実在すること」「第一次世界大戦がまもなく終わること。しかし人々が罪を悔い改めなければさらに大きな戦争が起きること」「ファティマ第三の秘密(1960年までは非公開にすること)」などでした。

また、同年10月13日に聖母マリアが自分の正体を明かし、皆が信じることができるように奇跡を行うと予言しました。

そして、1917年10月13日、聖母マリアを一目見ようと集まった7万人以上の群衆の前で太陽がダンスを踊るように急降下や回転を繰り返したといいます(太陽の奇跡)。

1930年(昭和5年)に現地の司教によって聖母マリアの出現が公認されました。

現在、ファティマには壮麗な聖堂が立ち、ローマ・カトリックの巡礼地として知られています。

なお、「ファティマ第三の秘密」は1960年(昭和35年)になっても公開されず、2000年(平成12年)にようやく教皇庁が公開。その内容は、1981年(昭和56年)5月13日に発生した教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件であると発表しました。しかし、その内容に懐疑的な見方もあります。

【関連・参考サイト】
ファティマの聖母(Wikipedia)
太陽の奇跡(Wikipedia)

5月13日の出来事一覧

5月13日に発生した日本や世界の代表的な出来事をご紹介します。

5月13日の出来事
ファティマの子どもたちの前に聖母マリアが現れる(1917年) 第一次世界大戦中の1917年(大正6年)5月13日、ポルトガルの小さな町ファティマで、3人の羊飼いの子どもたちの前に聖母マリアが現れました。
聖母マリアは毎月13日に同じ場所へ会いに来るようにいい、子どもたちは聖母から様々なメッセージを託されました。
そのメッセージは「死後の地獄の実在」「大戦争の終焉と勃発(第一次世界大戦はまもなく終わること)」「ファティマ第三の秘密(1960年までは非公開にすること)」などでした。
聖母マリアの最後の出現となった1917年10月13日、聖母マリアを一目見ようと集まった7万人以上の群衆の前で太陽が狂ったような急降下や回転を繰り返したといいます(太陽の奇跡)。
1930年(昭和5年)に現地の司教によって聖母マリアの出現が公認されました。現在、ファティマには壮麗な聖堂が立ち、ローマ・カトリックの巡礼地として知られています。
ファティマの聖母(Wikipedia)
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂(1981年) 1981年(昭和56年)5月13日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がバチカンのサン・ピエトロ広場でトルコ人マフィアから銃撃されました。
銃弾は2発命中し教皇は重傷を負いましたが、奇跡的に一命を取り留めました。事件発生日の5月13日は「ファティマの聖母」出現の記念日であったため、ヨハネ・パウロ2世は「聖母が弾をそらしてくださいました」と語っていたそうです。
ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)(Wikipedia)

5月13日生まれの偉人・有名人

5月13日生まれの偉人・有名人は「マリア・テレジア(ハプスブルク家の女帝)」「福地源一郎(幕臣、新聞記者)」「太田光(お笑いタレント)」などです。

マリア・テレジア(ハプスブルク家の女帝)

マリア・テレジア

1717年5月13日、マリア・テレジアは、ハプスブルク家のローマ皇帝カール6世の長女としてウィーンの王宮に生まれました。

1736年、19歳のときにロートリンゲン公フランツ・シュテファンと結婚。

父のカール6世は、跡継ぎの男子がいなかったため、長女のマリア・テレジアに広大なハプスブルク家領を継承させようとし、あらかじめ女性の継承を諸外国に認めさせました。

しかし、1740年、マリア・テレジアが23歳のときに父カール6世が亡くなると、相続問題にプロイセン王フリードリヒ2世やフランスなどが介入。オーストリア継承戦争(1740~1748)へと発展しました。

マリア・テレジアは、ハンガリー貴族の協力を得て、プロイセン王国(現在のドイツ北部からポーランド西部)との戦いをかろうじて互角で乗り切ることができました。

その結果、オーストリアはシュレジエン(現在のポーランド南西部からチェコ北東部)の大部分をプロイセンに割譲することになりましたが、他の領地を守り、マリア・テレジアのハプスブルク家相続も認められました。

マリア・テレジアはオーストリア大公に即位。さらに、夫を神聖ローマ皇帝フランツ1世として即位させましたが、実際に統治したのはマリア・テレジアでした。

戦後は国内改革を進め、外交でも数世紀にわたる宿敵フランスとの同盟に成功しました。

1756年、39歳のときに勃発した七年戦争(1756~1763)ではフランスやロシアなどを味方につけてシュレジエン奪回をはかりましたが失敗しました。

1765年、48歳のときに夫が亡くなると、長男ヨーゼフ2世をオーストリアの共同統治者、そして神聖ローマ皇帝としました。

マリア・テレジアは16人もの子どもを産み、周辺諸国の王家より妃を迎えたり、娘を嫁がせたりすることで、各国との関係を強化しました。
11女のマリー・アントワネットは、フランス国王ルイ16世の王妃として迎え入れられました。

1780年11月、マリア・テレジアは死去、63年の生涯を閉じました。

【関連・参考サイト】
マリア・テレジア(Wikipedia)

5月13日生まれの偉人・有名人一覧

5月13日生まれの日本や世界の偉人・有名人をご紹介します。

5月13日生まれの有名人
誕生日 有名人 職業 年齢
1717年5月13日 マリア・テレジア オーストリア大公、ハプスブルク家の実質的な女帝 63歳没
1841年5月13日 福地源一郎 幕臣、新聞記者、劇作家 64歳没
1950年5月13日 スティーヴィー・ワンダー アメリカのシンガーソングライター 73歳
1961年5月13日 デニス・ロッドマン アメリカのプロバスケットボール選手 62歳
1965年5月13日 太田光 お笑いタレント(爆笑問題) 58歳
1980年5月13日 井上和香 タレント、女優 43歳
1982年5月13日 熊田曜子 タレント、グラビアアイドル 41歳
1992年5月13日 滝沢カレン ファッションモデル、タレント 31歳

5月13日の誕生花

5月13日の誕生花は「サンザシ」「ハナビシソウ」です。

5月13日の誕生花
誕生花 花言葉
サンザシ 「希望」「慎重」
ハナビシソウ 「富」「成功」「私を拒絶しないで」
花言葉の由来

サンザシの花言葉は「希望」「慎重」です。

「希望」は、新緑に心躍る楽しい季節(初夏の5月頃)に花を咲かせることに由来するといわれます。

「慎重」は、枝にトゲをもっていることにちなみます。

サンザシ(開花時期:5月~6月)
花言葉:「希望」「慎重」
西洋の花言葉:「hope(希望)」

サンザシ
photo: TANAKA Juuyoh (田中十洋)

ハナビシソウ(開花時期:4月~6月)
花言葉:「富」「成功」「私を拒絶しないで」
西洋の花言葉:「Do not refuse me(私を拒絶しないで)」

ハナビシソウ
photo: Bennilover
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